[現実外世界]
<まだ平気、死んでない>
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「最後の感情」
彼はギターが好きだった。
陽の当たらない路地の裏、悪臭漂うゴミ捨て場。
将来を諦めた人々に囲まれて、彼は一人で歌っていた。
器物・食物・異物・人物。あらゆるものが捨てられたその場所で、彼だけは感情を捨てようとしなかった。
彼が口を開くと多くの人間が集まった。
彼がかき鳴らすギターを誰もが聞きたがった。
ある日彼にチャンスが訪れた。
大きいライブハウスで、演奏する機会が与えられた。
彼のギターは多くの人間の感情を揺さぶる。だから、彼には才能があると思われていた。
彼は認められない人々に囲まれて、いつも一人で歌っていた。
もし、もっと多くの弱者たちに自分の歌を聞かせられるなら――――
彼はそれを願いにした。
彼はライブハウスの壇上に立った。
拾い集めた金で買った、世界で一番安いギター。
ただ、感情のままに掻き鳴らした。
チューニングなんかしちゃいない。切れた弦も変えていない。
彼は弱者で、認められない人間だから、そんなことも出来やしない。
だからその時、彼は観衆に笑われた。
失敗したと思われた。無才の人だと思われた。
安いギター、安い音楽。
彼の指には感情が込められていた。彼の声には心があった。
ライブハウスに来た人々は、みんな入場料を払っていた。
「金を返せ」と叫ばれた。「ロックじゃない」と笑われた。
彼は一曲だけ歌いきり、惨めなままそのステージを降りた。
次の演奏者とすれ違った。
綺麗な服を着た、ロックバンドだった。
ドラムがあった。ベースがあった。大きいスピーカー、小さいエフェクター、 高いギター。
観客は彼らを褒め称えた。すばらしい演奏だと、とても感動したと、そう言っていた。
彼は気づいた。
自分のやっていることは、「違う」ことなんだって。
ロックンロールには、ルールがあるんだって。
高い金だして、使い古された言葉を並べて、感情を捨てさった、強者に都合のいい音楽だけが、
認められたロックなんだ、って。
ステージ袖でそのロックバンドの演奏を聴いて、彼はそのことを知った。
ただ、ボーカルが少しだけ泣いているのにも気づいていた。
彼は将来を諦めた。
いつもの路地裏に戻ってきた。
誰にも認められず、誰も救えず。
ただの落ちこぼれた人間として、そこへ戻ってきた。
彼はギターが好きだった。
まともな音など出ないギター。
ただ、感情のままに弾き始めた。
感情のままに、声を上げた。
弱者が彼を囲んだ。みんなが心を揺さぶられた。
ゴミ捨て場で歌い上げる、世界最後のロックンロール・スター。
みんなを、幸せにしたかった。